生きている時間

相変わらず猛暑だった9月。暑いさなか、8月から急に食欲がなくなり食べなくなった義母のため、施設に栄養ゼリーを食べさせに通う日々でした。施設のスタッフさんも声がけをして下さり、少しづつ食べるようになり元気になったと安心したのもつかの間、夜半に転倒してしまい義母は骨折してしまい、今は病院に入院しています。

高齢な上、内臓も弱っているので、毎日予断を許さない状況が続いています。幸い今はお見舞いが出来るようになったので残暑のなか病院に通う毎日です。

食べれなくなってベッドで過ごす事が増えた時でも「ゼリー食べる?」と聞くとうなずいて口を開いた義母。スプーンで食べさせながらまだ義母は生きていたいのだろうと感じていました。生きるとは心と体がうまくバランスを取り成り立っているのだと感じます。今はお見舞いに行く度、義母の生きている時間が苦しみなく幸せであって欲しいと願う日々です。

以前、生きるとは長生きすることでも、お金持ちになる事でもなく、使命を果たす事だと聞いた事があります。健康で経済的に余裕があるのはこの世の喜びを沢山感じる事が出来るとは思いますが、生きている時間を自分らしく幸せに生きるとは別なのでしょう。

義母の介護も最終コーナーに向かいつつある中、私の人生も新たな局面に向かいつつあるように思います。義母には出来る限りの事をしてあげよう。そして私の自分の生きている時間を大切にしていこう。心静かに秋を過ごせますようにと祈りながら10月を迎えたいと思います。